命がけの道草日記-青年海外協力隊マラウイ編-

青年海外協力隊 (理科教育) として過ごすマラウイでの2年間。

道草その32: 任期短縮という決断 (マラウイ生活125日目)

人それぞれ個性があるというのは大前提だけれども、一つの大きなくくりとして、
国民性というもので見たときには、マラウイは穏やかで優しい人が多いと言われている。
これは間違いなくその通りだと思う。

 

すごく印象に残ってるのは、この 100 MK (15 円) 札。

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くしゃくしゃの 100 MK 札

マラウイでミニバスに乗ってると、バス乗り場に止まるたびに、
お菓子やパン、ジュース、野菜、簡単な日用品等々の売り子がミニバスの窓越しに
声をかけてくれる。

 

首都のリロングウェからゾンバに移動しているとき、いつものように 1 つ 100 MK の
ポテトチップスを買ったのだけれど、手持ちに 100 MK 札がなくて、200 MK (30 円) 札で
お支払い。

 

お釣りは言うまでもなく、100 MK。
ただ、売り子の男の子がポケットからお釣りを探している間に、
ミニバスが出発してしまった。

 

あっ、、100 MK が、、と思いつつも、でも 15 円だしなと、仕方ないかと諦めた。

 

そして、窓を閉めようとした僕の目に映ったのは、猛ダッシュする男の子。
100 MK を握りしめて、スピードの乗り始めたミニバスと並走しつつ、
一生懸命に手を伸ばしてくれている。

 

閉めかけた窓を慌てて開けて「Zikomo kwambiri! (ありがとう!)」と言いつつ、
100 MK を受け取った。

 

正直なところ、もうおそらく二度と会うこともないかもしれない日本人だし、
状況的に仕方ないという理由も十分だし、お釣りの 100 MK はその男の子が
取っといてもいいんじゃないかと思った。
でも、おそらくその男の子はそんなこと考えもせずに走り始めてくれたんだろうと思う。

 

たぶん根本的にはこういう優しい、というか真面目というか、なんというか、
うまく書けないけど、こういう性質の人、優しい人が多いんだろうなと思う。

 

ミニバスに乗っていると、通り過ぎざまに「Chinese!!!」と叫ばれたり
することもあるけれど、そういう人であってもチェワ語で「Muli bwanji?」とか
「Mwazuka bwanji?」とか「Zikuyenda?」とか挨拶すると、途端に笑顔になる。

 

「すげー!チェワ語じゃん!」といった感じで、すごくフレドリー。

 

そのときの笑顔は無邪気な笑顔という表現がぴったりだと思う。
年齢に関わらず、みんな本当に無邪気な笑顔になる。

 

ただ、今の僕の目に映るのは、その笑顔ではなくて、
その笑顔の前の、Chinese! と叫んでいるときの姿。

 

その人がどれだけ笑顔に、フレンドリーになっても、
今の僕にはそれを目に映す余裕がない。
どうしても、笑顔の前の、嫌悪感のこもった顔しか見えない。

 

本当の意味でアジア人を嫌悪して Chinese! とか叫んでいる人は少ないんじゃないかなと思う。
おそらく、みんなやってるから、自分も面白半分でやってる、という人がほとんどじゃないかな。
だから、そういう人であっても、話しかけると笑顔になるんだろうな、と思う。

 

根本的に優しい人が多いのは十分理解してる、つもり。

 

だけど、今は街を歩いているときに Chinese! って言われるとちょっと身構えてしまうし、
人とすれ違うとき、後ろで足音が聞こえたとき、ちょっと警戒してしまう。
家の中にいるときでさえ、外から少し大きな声が聞こえると、それが例え楽しそうに
話している声でさえも、ぐっと、一瞬身構えてしまう。

 

こういうことに関して僕はけっこう図太い方だと思ってたけど、そうでもなかったらしい。

 

どうやら、僕の気持ちは完全に切れてしまったように感じる。
切れてしまったと書くと他人事みたいだけど、こう、ぷつんと、何かがなくなってしまった。

 

しばらく休んで、マラウイの観光地でも巡って、マラウイの良いところだけを見続ければ、
また余裕をもって街中を歩くことぐらいはできるようになるのかな、とは思う。

 

でも、学校で授業をできるかというと、たぶん学校が変わったとしても、無理だろうな、と思う。
授業は受け持たずに、その学校でできる実験マニュアル作成みたいなことをやってもいいかなと
思ったけども、正直なところ、生徒が集まっている学校という環境に行くこと自体が、うん。
99.99999999 % の生徒はいい子たちだろうなとは思っているけども、うん。

 

理科教育の隊員として来ている以上、それは致命的なことだと思う。
学校にも行かず、ふわふわ生活するだけじゃ、マラウイにいる意味ないだろうな、と。

 

そして、今の僕の家族の状態として、父親がとある病気であまり容態が良くない。
ただ、それ自体は派遣前訓練の時点で分かっていたことで、いろいろ考え、
自分のせいで息子の邪魔をしたくないという父親の意志に背中を押されつつ、
近くにいなくても、四苦八苦しながらもアフリカで頑張っている姿を見せることでも
親孝行はできるのではないか、という家族からの応援を受けつつ、マラウイに来た。

 

でも、正直、今の状況は四苦八苦を越えてしまったような気がする。
家族がそういう状況の中、青年海外協力隊としての活動もせずに、
とりあえずマラウイで生活し続けることに、今の僕は意味を見いだせない。

 

 


と、まあ、なんやかんやそれっぽいことを書いたけども、
一番大きな原因は僕の覚悟不足だろうなと思う。

 

アフリカってどんなところなんだろうか、という好奇心で青年海外協力隊
ふらっと応募して、職種は生物専攻だったし理科教育でいいかなとふらっと決めて、
そんな感じでふらふらっと来たから、気持ちがぷつんと切れてしまったのかなと。

 

もっとしっかり、ぐっと覚悟を固めていれば、子どもたちに科学のおもしろさ、
勉強することの楽しさを伝えたい、という強い思いを持っていれば、
多少落ち込むことはあっても、こんな状況にはならず、気持ちが切れることもなく、
踏ん張れたのかなと思う。

 

「アフリカに行ってみたい!」「アフリカで生活してみたい!」という
好奇心を満たすために、アフリカで生活するための口実として青年海外協力隊を選んで
いたんだろうなと思う。

 

子どもたちに科学のおもしろさを伝えたいと口では言いながらも、
実際は自分の好奇心を優先していたから、
こんなにも簡単に気持ちが切れてしまったのだろう。
今思うと、僕は片手間で活動を済ませようとしていたのかな、とも感じる。

 

 


正直なところ、2 年間青年海外協力隊としてマラウイで活動したかったなと思う。
同期や先輩隊員、後輩隊員ともっとマラウイで過ごしたかったなと思う。
学期休みにはマラウイのいろいろな観光地を巡りたかったなと思う。
生活班の六本松メンバーとキリマンジャロに登ったり、ザンジバルに行ったり、
ヴィクトリアの滝を見に行ったり、モザンビーク島に行ったりしたかったなと思う。
技術補完研修や派遣前訓練で知り合ったみんなと 2 年後、いろいろ語りながら
日本で乾杯したかったなと思う。

 

でも、今の僕にはマラウイで活動を続ける余裕がない。

 

技術補完研修や派遣前訓練で散々お世話になったにも関わらず、それだけじゃなく、
マラウイに来てからも JICA 事務所のスタッフさんや調整員の方々に本当にお世話に
なったにも関わらず、実際の活動を始めて約 4 ヶ月で、卵を投げられたからという、
なんとも情けない理由で、迷惑をかけるだけかけて、本当に不甲斐無い限りだけれど、
僕はもう日本へ帰国することにした。

 

任短、つまり任期を短縮することにした。

 

前回、生徒から卵を投げられた話を書いてから、FacebookInstagram、LINE 等で、
たくさんの人からメッセージをいただいて、それも同期やマラウイの先輩隊員だけからでなく、
全く面識のない違う隊次の違う国の先輩隊員や、JICA の専門家の方々からもメッセージを
いただいて、本当にありがたいかぎり。

 

本当に、何と表現すればいいのか、結果としてこういう結論になってしまい
申し訳ない気持ちと、ありがたい気持ちと、でも本当に、本当にありがとうございますと、
ただひたすらに目頭が熱くなるばかり。

 

家具を運ぶときにお世話になったチムジーさんに相談したときも、
僕のとりとめのない話を黙って聞いてくれたあとで、チムジーさんから

 

「そういう人種差別するような人間と闘うのは君たちの仕事じゃない。
 マラウイ人に対してそういう教育をするのは俺たちマラウイ人の仕事だ。
 変な責任感は持っちゃだめだ。
 ここでは、俺たちにとっては君が唯一の異国人だけど、
 君にとっては周りの全てが異国人で、言葉も違う、環境も違う、何もかもが違う、
 そんな環境で変な責任感に流されるな。
 ここで無理をしたら壊れるのは君だ。
 どんな選択でも良い、今は自分のことだけを考えろ」

 

という言葉をもらって、この人は本当にすごい人だなと、ぐっと目頭が熱くなった。

 

ゾンバで活動している Peace Corps の方々も、わざわざ家まで様子を
見に来てくれたり、料理を持って来てくれたりと、ここでもぐっと目頭が熱くなった。

 

 


ああ、やりたいことたくさんあったな。

 

ボランティア調整員さんと話して任期短縮願を提出した後も、帰国前夜の今日でさえ、
何ともよく分からない感情が渦巻いている。

 

こんな状況でもマラウイに残りたい気持ちがないわけではない、
でも理科教育としての活動はたぶん続けられない、でも、でも、でも、、、
後ろ髪を思いっきり引っ張られているような感じ。
後ろ髪はないけれど。

 

ああ、、、やりたいことたくさんあったな。

 

この感覚はなかなか拭い去れそうにない。

 

ただ、これで大学院の学費としてあてにしていた貯金がなくなったわけで、
研究に戻るには、僕はもう学振を取るしか道がなくなったわけで。

 

いろいろスケジュールも狂って、もう背水の陣、背水というか腰くらいまで水に浸かってる陣。

道草その31: 生徒から卵を投げられた話 (マラウイ生活113日目)

学校で活動したり、病院で活動したり、村落で活動したり、
青年海外協力隊の活動は多岐にわたるけれど、
どの活動にも共通しているのは、アクシデントやトラブルが必ずくっついてくること。
そんなアクシデントやトラブルを現地の人と、あるいは同じ協力隊員と
試行錯誤しながら乗り越えていくというのが青年海外協力隊としての
醍醐味の一つなのかなとも思う。

 

そんな僕が直面している問題は、配属先の生徒からの人種差別的発言。

 

配属した当初から一部の、本当に極々一部の、極々極々一部の生徒から以下のような発言を受けてきた。

 

「We need Malawian, we don't need Japanese, we don't need Chinese.
 We don't need you.」

 

「We don't need Japanese biology, we need Malawian biology.
 You don't need come to this school.」

 

端的に言うと「日本人の (と言うよりもアジア人の) 授業はいらない」といった内容。

 

一番最初にそう言われたときは、僕が日本人であることと、僕の授業はたぶん楽しいと思うよ、といった
ことを説明したけれど、彼らから返ってきたのは

 

「OK, OK, see you Chinese.」

 

という言葉。

 

うーん、と思ったけれど、その時はまだ授業も始まっていなかったし、
実際に授業が始まったらやめてくれるかなと思っていた。

 

そして、今学期が始まったけれど、彼らの発言はおさまらなかった。

 

帰宅途中に後ろから「Sir (先生)!」とか「Japanese!」と呼ばれて振り返ったら、
大声で上記のようなことを言って逃げて行く、といった感じ。

 

おそらく、僕が受け持っているクラスの生徒ではなく、体格的に Form 3 か 4 年生。

 

あまりにも酷いなと思って、先週、理科の主任の先生に相談してみた。
僕はこの先生のことは信頼できる人だなと、思っていた。

 

「この学校の生徒にとっては日本人、アジア人と会うのは初めてだからある程度は仕方ないよ。
 それに彼らは好奇心旺盛だから、ゆうきと友達になりたいんだよ」

 

確かに、好奇心から「Japanese!」とか「Chinese!」と叫んでくる生徒はいると思う。
でも、そういう生徒は声のトーンや表情から何となく分かるし、だいたい笑顔でこっちに走ってくる。
で、それを踏まえて、人種差別的な発言をしている生徒たちは違うと思う。
言っちゃいけないことを分かったうえで、あえてその言葉を選んで発言してると思う。
と言ったことを伝えたけれど、

 

「好奇心さ!彼らはとても好奇心旺盛なんだ!」

 

うーん、と思いつつも、ここで粘っても進展はなさそうだなと思って切り上げた。

 

そして、昨日。
帰宅途中、背後でカシャッと言う音が聞こえると同時に「Japanese!」の声。
振り返ると左側頭部と左肩にそこそこの衝撃。

 

一瞬何が起きたのか分からなかったけど、地面に落ちた卵を見て気がついた。

 

あっ、卵投げられたんだ。

 

気がついた時には彼らは既に消えていた。

 

急いで家に帰ってリュックと服を確認したら、
左足に 1 箇所、リュックに 2 箇所、卵の存在を確認。
左側頭部に当たった卵は割れずに地面に落ちたのが唯一の救いかも。
なかなかに痛かったけども。

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卵を投げられた愛用のリュック

 ところで、青年海外協力隊には任期短縮というものがある。
 本人の健康状態や帰国後の進路、諸々の都合で 2 年の任期を短縮するというもので
 協力隊員の中では任短と略して呼ばれることが多い。

 

家に帰って、卵のついたリュックと左足を見つつ、若干痛い左側頭部をさすりつつ、

 

しゃーしいな、、なんやこれ、、、、、、、、、、、
こんなもん、、、任短じゃぼけぇぇぇぇぇえええええ!!!
明日帰るわ!明日!ぼけぇぇぇぇえええええええええ!!!
くそがぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!

 

と思った。

 

夕食を作る気にもならず、食パンを貪り食って寝ようとしたけれど、怒りで眠れなかった。
ただ、怒りで冷静な思考ができていないのも明白だったので、とりあえず目を閉じていた。

 

目を閉じながら、くそくそくそくそくそくそが、、くそくそくそ、、、、
念仏のようにくそくそ言ってたと思う。

 

くそくそ言い疲れたのだろうか、いつの間にか眠っていた。

 

そして、明け方、目が覚めると、怒りと若干の寝不足とが相まって、ちょっと、いや、
かなり変なテンションになっていて、2 月 4 日を「まじら記念日」として定めよう、
そしてこの人種差別への怒りを忘れぬようにしよう、というようなことを考えていた。
* まじら (Mazira) ... チェワ語で卵の意味

 

とりあえず、任短については一旦、落ち着こうと思う。

 

朝一で担当のボランティア調整員さんと学校の先生たちに連絡。

 

お昼過ぎに学校に行って校長先生と理科の主任の先生と話をすることになった。

 

そして、いろいろと話した結果、校長先生と理科の主任の先生から言い渡されたのは、

 

「Sometimes teachers must teach students under the severe condition.
 So, you should be strong! You must continue your lesson!
 BE STRONG!」

 

ということ、端的に言うと、
 教師というのは時に厳しい環境で働かなくてはならないから、
 強くなりなさい!授業を続けて!強くなって!
という内容。

 

正直なところ、おそらく彼らの行動の引き金になっているのは
「アジア人が授業をしている」ということだと思う。
なぜ彼らがそう感じているのか、理由は分からないけれど。
初めは僕が何か失礼なことをしたのかなと思っていたけど、同僚の先生や担当の生徒、
仲良くなったマラウイ人、みんなが「そんなわけはない」と言ってくれるので、
僕が何か彼らの気に触れることをした可能性は低いのかなと考えてる。
ただ、僕がこの学校で授業をしていること自体が彼らの行動の引き金になっている
可能性がある現状、授業を続けるのは正直、ちょっと怖い。
と本音を伝えたところ、

 

「BE STRONG!」

 

確かに、授業中の私語がうるさいとか、そういうことであれば頑張るべきなのかなと思う。
成長するために Be Strong! と言うのも納得できる。

 

でも、今回の場合は違うと思う。

 

マラウイ人が、とか、日本人が、とか言うわけじゃないけども、
マラウイマラウイ人が卵を投げられて、なにくそ!と踏ん張ることと、
マラウイで人種差別的発言を受けた外国人が卵を投げられて、同じ環境で、なにくそ!と
踏ん張ることは、申し訳ないけども全く違うことだと思う。

 

もちろん、自分に授業をする責任があるのは分かっているつもりだし、
おそらく関係のない担当の生徒を巻き込んでいるのは本当に申し訳ないと思ってる。

 

ただ、本当に申し訳ないけども、今、自分でもびっくりするくらいにやる気が出ない。

 

乗り越えてやる!といった気持ちを込めて、卵をたくさん食べたけども、効果はなく。

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目玉焼き、ゆで卵、おむれつ

やる気皆無。それが今の状態。

 

正直なところ、今後、授業を続けられるのかどうか分からない。
環境的にも、自分の精神的にも。
学校に行くのもなんか、うん、まあ、、、

 

そんな状況を先輩隊員に相談したらば
「そういう時は家にこもってちゃだめだね。
 ちょっと旅行にでも行ったらいいと思うよ。
 明日隣町に行くけど来る?」
と、明日はもともと授業もないし、
学校はお休みして、お言葉に甘えて、隣町へ行こうかなと思ってる。

 

たぶん、丸洗いしたリュックも乾くはず。

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哀愁しか漂わない愛用のリュック

道草その30: クッキーとのり弁から考える、人間の根本的性質の根強さ (マラウイ生活97日目)

マラウイでは、職員会議だろうが、PTA 会議だろうが、
教員研修会だろうが、何だろうが、何かに参加すると何かがもらえる。

 

ジュースだったり、お菓子だったり、
石鹸だったり、トイレットペーパーだったり、何やかんや。
お金が手渡されることもある。

 

会議や研修というか、むしろ、その商品を受け取りに来るのが目的の人もいる。

 

「参加したら何がもらえる?」
「それじゃ、行こうかな」
「石鹸はこの前の会議でもらったから行かなくていいや」

 

みたいな会話が普通に WhatsApp のグループチャットで行われている。

 

何も報酬がないと会議や研修に来ないから、そうやって人を集めているらしいけども、
商品だけぱっと受け取って帰ってしまう人を見ると、それはそれでどうなのかなと。

 

つい先日、配属先の学校で研修会があった。
題材は「生徒へのしつけをどのように行うべきか」「テスト問題作成時の注意点」など。
グループワークもあったりして、とても充実したものだった。

 

その内容については、また追々書くとして、今回は研修内容とは別の話。

 

その研修会でも例のごとくお菓子が配られた。
合計 3 回の休憩時間があったのだけど、その度にコーラとクッキーが手渡される。

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コーラとクッキー

コーラがもらえるのは純粋に嬉しい。
クッキーもありがたいのだけれども、量が多い。

 

休憩時間ごとにクッキーが一袋。

 

僕は普段、そんなにお菓子を食べないので、この一袋で十分である。
十分というよりも、むしろ、クッキーの代わりにもう一本コーラが欲しいくらい。
でも、休憩時間ごとにクッキーが一袋ずつ配られる。

 

食べないのにもらうのも悪いなと思って、
「そんなに食べられないから、もう十分だよ」
と言って断ろうと思ったけども、そんなことを言ったら
「日本のクッキーの方が美味しいから、マラウイのクッキーはいらないのかしら」
と思われるんじゃないかと、すごい勘ぐってしまって、結局もらう。
そしてリュックにしまう。

 

自分でも考えすぎだとは思うけど、すごい勘ぐってしまう。

 

リュックに 3 つ目のクッキーを入れつつ、
そういえば日本でもこんなことがあったなと。

 

あれは確か、僕が大学 4 年生のころ。

 

午前の研究もひと段落し、お茶室で先輩と談笑しつつ、
今日のお昼は何にしようか考えていたときに、その日の朝に見た CM を思い出した。

 

今、ほっともっと (Hotto Motto) でのり弁のセールをやっているらしい。

 

大学のすぐ側にほっともっとがあるし、セールもやってるし、今日はのり弁にしよう。

 

普段、あまりほっともっとに行かないから少しわくわくする。
何より値段もとても魅力的。
確か、のり弁 1 つが 200 円くらいだった気がする。

 

意気揚々とお店について、ドアに手をかけようとしたところで

 

「ごめんなさい!間違えましたー!」

 

と言いながら、慌てた様子で女性が出てきた。

 

弁当屋に来て一体何を間違うんだ?という疑問を抱えつつ、レジの前に進む。

 

あれ?のり弁のセールは?
のり弁の値段が CM で見たものと違う。
少し困惑して、すぐに気がついた。

 

ここ、ほっともっとじゃない。
ほっかほっか亭だ。

 

何が起こったのかというと、
大学からほっともっとまでの道は一本道なのだけれど、
大学とほっともっとの間には、ほっかほっか亭がある。

 

僕が行きたかったのは、ほっともっと。
のり弁のセールをしているほっともっとでのり弁が買いたかった。

 

ぼーっと歩いて、オレンジ色の雰囲気のお店にふらーっと入ったら、
そこは、ほっかほっか亭だった。

 

迂闊だった。

 

先ほどの女性が間違った理由、慌てた理由をレジ前で即座に理解。

 

僕は、ほっともっとで、セール料金になった、のり弁が買いたかった。
だから僕も「ごめんなさい!間違えましたー!」と、あの女性のように
お店を出ようとした。

 

回れ右の準備をしつつ、ごめんなさいの「ご」を言おうとした瞬間に、
ふと脳裏をよぎった。

 

もしここで僕が出て行ったら、目の前の店員さんは

「あっ、、、この人も間違えて来ちゃったんだ、、、そうだよね、
 ほっともっとの方がいいよね、、、」

と悲しむかもしれない。

 

少し心が痛い。

 

だから、ほっともっとは諦めてほっかほっか亭で弁当を買うことにした。
でも、気分はのり弁だったので、のり弁を買おうと思った。

 

のり弁を 1 つくださいの「の」を言おうとした瞬間に、
ふと脳裏をよぎった。

 

もしここで僕がのり弁を頼んだら、目の前の店員さんは

「あっ、、、この人、間違えて来たのに気を使って買ってくれるんだ、、、
 本当はほっともっとののり弁が欲しいんだろうな、、、」

と悲しむかもしれない。

 

これはこれで、少し心が痛い。

 

だから、のり弁はやめて、唐揚げ弁当を買うことにした。

 

唐揚げ弁当を 1 つくださいの「か」を言おうとした瞬間に、
ふと脳裏をよぎった。

 

ここまでの思考に若干ながらも不自然な時間を使ってしまった気がする。
もしここで、僕がこの流れで唐揚げ弁当を頼んだら、目の前の店員さんは

「あっ、、、この人、間違えて来たのに気を使って買ってくれるんだ、、、
 のり弁だと間違ったのがばれるから気を使って唐揚げ弁当を頼んでくれたんだ、、、
 本当はほっともっとののり弁が欲しいんだろうな、、、」

と悲しむかもしれない。

 

心が痛い。

 

だから、メニューを指差し確認したり、レジ横に貼られたポスターを眺めてみたり、
うーん、どうしよっかなー、どれにしよっかなー、迷うなー、という演技をしつつ、
まあ、なんだかんだ、ほっかほっか亭の唐揚げ弁当が一番だよね、感を出しつつ、
唐揚げ弁当を 1 つ買った。

 

そしてほっかほっか亭を出た時に、
そう言えば先輩からのり弁を頼まれていたことを思い出した。

 

先輩ののり弁はほっともっとで買った。

 

我ながら、勘ぐり過ぎだし、お人好し過ぎるなと思う。

 

マラウイに来たからといって人間の根本が変わるわけではないんだろうなと、
そう感じる今日この頃。

 

唐揚げ弁当は美味しかった。